ITの改善体験は得られにくくなっている

2023年12月23日

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世の中には実に多くのソフトウェアがリリースされている。その中でも今回は、業務効率化とか時間短縮を目的に開発されているソフトウェアに着目したい。

私自身も経験があることで、世の中のソフトウェア導入に関わった情シスさんたちも経験があるかもしれないが、導入したソフトウェアが有効活用されずに効率化や時間短縮できていないことがある。

ありていに一言で言ってしまえば『楽になっていない』ということだろう。

ではどうしてそんなことになってしまうのか。要件定義が漏れていたとか、ユーザーへの説明が足りなかったとか、細かい理由はいくらでも挙げられるし場合によるともいえる。ここではもっと巨視的に考えてみよう。

物理からITは終わり、ITからITの時代

その昔、ITシステム化とかソフトウェアの導入は『物理からIT』が多かった。

例えば紙の図面に設計図を描くのをやめてCADを使いましょうとか、郵送で書類を送るのをやめてFAXや電子メールで送りましょうとか、駅の改札口で駅員が切符改札しないでタッチ式ゲートにしましょうとか、給与は札束じゃなく振込にしましょうとか。

すなわち物体として目に見えていて触れていた物を電子化、IT化する手法があった。この方法の良いところは、専ら改善効果が目に見えて分かりやすいことだろうと思う。

紙に設計図を描かないでCADを使うと、図面の修正も容易にできるし大量の図面を保管する場所もいらなくなる。図面検索も図面保管庫にわざわざ行って探す必要も無くなる。設計者はこれらの改善体験を自ら得られることで『楽になった』と実感する。

書類の郵送を電子メールで送ると、切手代や郵送料も必要ないし届くまで数日かかることもない。請求書の送信担当者はわざわざ印刷して封筒に入れて宛先を記入したりシールを貼る必要がなくなる。こうして請求事務作業の担当者は『楽になった』と実感する。

駅の改札口で駅員が切符改札をしないことで、駅員の負担は相当軽減される。現在はターミナル駅などの改札口に何台もの自動改札機が並んでいる。この自動改札機が全て人間だったらと想像すると、相当な負担だろう。こうして駅員は大量の切符を1日に何枚もパチンパチンと改札ばさみで切らなくてよくなり、『楽になった』と実感する。

給与支払いが紙幣から振込に変わると、経理部は給料日に銀行窓口に行かなくてよくなる。周囲を警戒しながら札束の入ったカバンを持ち運ばなくていいし、事務所に戻って枚数が合っているかどうかの確認もしなくていい。こうして経理担当者は『楽になった』と実感する。

このように物理からITは改善体験が得られやすく、またその様子が誰にでも想像しやすい。だからこそ、そのような改善は爆発的に普及も進む。給料日に札束を受け取るような組織はほとんど無くなった。

そして今や物理からITへの改善は進んでしまい、ITからITへの改善が多くなった。

つまり、CADは導入済みでさらに図面検索システムを入れましょうとか、メールでの書類やり取りはやめてネットの電子発注に変えましょうとか、勤怠システムから給与計算を自動でやって振込手続きまで自動化しましょうとか。

ソフトウェアやIT化されているのは大前提の状態であって、そこからさらに改善するためのITを追加したり乗り換えたりと考える。

しかし、ITからITへの改善は物理からITへの改善に比べて改善体験が得られにくいことが多いと思う。挙句の果てにはソフト利用料などの維持費と人件費を比較して『人間がやった方が安い』などというパターンまで存在した。

例えばCAD検索システムを導入したとしよう。図面データにタグ付けもして、図面番号以外のカテゴリ検索ができるようにした。AI機能を使って類似図面の検索もできるようにした。ところが設計者は作図するときに入力項目が増えて手間が増えたとか、検索画面の条件指定が複雑でわかりにくいから使ってないとか、類似図面検索で思った結果が得られないので役に立たなかったとか。結果、『楽になっていない』と実感してしまう。

でも実は総設計時間は減少していて時間削減ができているかもしれない。しかしその効果は数字で見るしかなく、物理的な変化は無い。せいぜいオフィスが暗くなるのが早くなるぐらいだが、そのぐらいの変化で満足できる人はなかなかいないだろう。
設計時間の推移を示す折れ線グラフが下がったからといって、設計者は『楽になった』とは実感しないだろう。

現代の情シスはすでに難しい環境に立たされていると思う。

意思決定者がデジタルネイティブではない(ことが多い)

なんらかのシステム導入に際して、その導入可否を判断する意思決定者がデジタルネイティブではない場合が多いことも影響しているだろう。

また、物理からITへの改善ばかりを経験していた世代だと、さらに状況は難しくなる。なにしろ札束を数えまくる作業が丸々無くなるほどの強烈な改善体験をした当時の経理担当が経理部長になったとする。パソコンの画面に給与振り込みデータを入力する作業がなくなったからと言って、大した改善とは感じないかもしれない。それがたとえ担当者の負担が10%も削減できる良策だったとしてもだ。

私は情シスという職業柄、社員のヘルプデスクをすることもあってこんな経験がある。それは新しいシステムの画面操作を直接教えていた時だ。「書類作成ボタンをクリックして、新しい画面の内容欄に申請内容を入力してください。入力したら申請ボタンをクリックすると、○○という書類の申請ができます」。返ってきた反応は・・・
「書類作成ボタンはどこ?」。モニタにでかでかと”書類作成”というボタンがありますが?
「キーボードを押しても内容が入力できん」。テキストボックスにカーソル出てないでしょ、1回クリックしましょうね?
「申請ボタンはどこ?」。だからそこにでかでかと・・・

このような相手にローコード自動化ツールの導入効果を説明するのは非常に難問だ。

ITからITへの改善はやってみないと効果が見えないものも多いし、予想された改善効果が確実ではない場合がある。

物理からITへの施策に比べて、ITからITへの説明はそもそもハードルが高くなりやすい。物理は見えるから、それが無くなるというのは説明が簡単だ。給与支払いは銀行振り込みに変えます、の一言で経理担当者は「銀行に行かなくていい」「1万円札の枚数を全社員分数えなくていい」と想像が膨らみやすい。

ところがITからITの場合は、デジタルネイティブではない人の脳内で現状をまずITで理解するという作業を行う。
今の業務はこんな感じで、検索機能を時々使って、それで今回の追加システム導入でどの作業が無くなるんだっけ?え、入力項目が増える?それ楽になるのかなぁ?みたいな。

デジタルネイティブな人だと、ある機能追加でなんの作業がいらなくなってなんの作業が増えるのかが把握しやすいのではと思う。

セキュリティリスクの高まり

個人情報漏洩○○万件とかランサムウェア感染で業務停止とか、世の中の情報セキュリティリスクは確実に高まっている

普段はITに興味が薄いような経営層でも日経新聞とかで見かけるようで、セキュリティ事故のインパクトが大きいことは意識しているようだ。最悪、取引先を失う可能性もある。

とにかくセキュリティリスクが高くなり続けている状況なので、何かの新しいシステム導入や機能追加ではセキュリティが無視できない状況になっている。つまり改善のための機能以外にセキュリティの確保にも費用を割かなければいけなくなった

例えば社内のやり取りをスムーズに行うためにチャットツールを導入したい。さて何を導入しようか。

社員個人のLINEを使えばタダで使えるし、みんな使い方分かってるからすぐに使える。よし、これにしよう!

現在でもそういう会社はあると思うが、セキュリティのことを気にするならこの選択はNGになるだろう。いつどこで機密情報が洩れるか分かったものではない。

ではTeamsを入れましょう。一人月額700円ぐらいで、ソフトの使い方はLINEとは違います。365管理センターやEntraの設定も必要です。

導入のハードルは確実に個人LINEより高い、お金もかかるし使い方も覚えてもらわなきゃいけない、ベンダーの導入支援を受けたら100万円かかります、などなど。チャットツール導入の改善効果もなかなか伝わりにくい。頑張って説明資料作って上層部にお伺いしてみる。その反応が・・・

「え、べつにメールで良くね?」

制約条件が増えた

セキュリティリスクの高まりと関連するが、システム導入の際の制約条件がどんどん増えている

例えば、今使っているグループウェアはAPIが無いので他システムと連携できませんとか、AI文書検索システムを導入しても手書きスキャンデータ(しかも字が汚い)ばかりで役に立ちそうにないとか、今のバージョンでは非対応なのでバージョンアップが必要ですが相当お金かかりますとか。

最悪の場合はシステムが複雑すぎて、構築した人はもういなくて、中身がどうなっているのかわかる人がいません、という状況になることも。

制約条件が多くなると選定の選択肢が少なくなる。対象が絞れること自体は悪いことではないのだが、とってもいい機能があって改善見込み大なのに他のシステムが古いせいで連携できず導入できない、という場合はある意味損失ではないだろうか?

物理からITへの改善が進んでいることもあって、ITの数、というか業務上利用するソフトウェアの数が増え続けている組織も少なくないだろう。言われたことは無いだろうか?「うちの会社はシステムが多すぎる」と。

システムの複雑化による制約条件の増加がシステム導入による改善の阻害要因になっているかもしれない。

じゃあどうすんの?改善やめるの?

もちろん改善をやめるわけにはいかない。それぞれの状況を意識しながら改善は進めていく必要があると思う。

ITからITへの改善の時代

高度成長期に生まれ変わるわけにもいかないので、そういう時代の情シスだということをまず受け入れる

そして社内環境を見つめなおして、大きな改善が見込めそうな種を探してみる。外部環境は変えられないが、社内はいくらでも変えられる。
情シスという部署を飛び出して、業務部門を体験してみるのもアリだと思う。簡単な業務でもいいので、1か月でも体験すれば改善のヒントが見つかるかもしれない。

また、会社によっては物理からITへの改善の余地が残っている部分もまだまだあるだろう。まずはそこから着手するのもいいと思う。現代の最新IT技術はIT化自体が終わっているものを対象にしていることも少なくない。まずは物理からITになっていないと、使うことすらできない最新技術は多い。

あるいはAIの登場によって新しい時代が始まりつつある。自社環境に導入するだけでわかりやすい効果が得られるようなシステムが既に世の中にあるかもしれない。必ずしも情シスにとって不利な時代とも言えないかもしれない。情報収集は常に続けていくべきだ。

意思決定者とのデジタルディバイド

ITが苦手な人に「このシステムの導入で検索作業がスムーズになります」と説明してもインパクトは薄い。なるべくお金や時間に換算して説明した方がいい。なので数値化する方法を身に着けると役に立ちやすい。

世の中にはいろいろな数値化の手法がある。一見すると数値化できないような命題であっても、意外となんとかなったりする。隅田川花火大会に来る人数ですら予想がたてられているし、その予想結果をもとにいろんな組織がいろんな準備をする(あの人数予想の根拠ってなんなんでしょうね?不思議です。。。)。

ITからITへの変化を肌感覚で実感できない人には数値というプロトコルで伝えてみよう

あまり前向きではないが、退職が近いのであれば意思決定者の入れ替わりを座して待つ方法もある。

セキュリティリスク

セキュリティリスクに対応するために追加のコストや負担が発生するのは、もうそういうもんだと割り切る必要がある。だって世の中のリスクが上がってるんだから、リスク対応の負担が増加するのは当たり前でしょ?

ただし、セキュリティを気にしすぎて過剰にお金をかけてはいけない。つまり自社にとっての最低セキュリティレベルはどの辺か?というのを意識したほうがいいと思う。

企業規模、業種業態、年間売上利益などなどによってセキュリティリスクの大きさは全然違ってくる。個人LINEに個人スマホでOKな場合もあれば、会社Teamsに会社スマホにフリーWiFi接続禁止のVPN必須、みたいな場合もある。なんなら職場への個人スマホ持ち込み禁止とか。

中小製造BtoB企業と、大企業WEBサービスを展開するBtoC企業とではセキュリティインシデントを起こした時の経営へのインパクトは全然違う(もちろんインシデントの内容によっては前者でも倒産に至る場合はある)。

つまり身の丈に合ったセキュリティレベルの製品を選べばいいと思う。ガチガチのセキュリティが求められるなら、必然的に選べるITサービスやソフトウェアは限定されてしまうし高いお金を払わないといけない。対してそこそこのセキュリティが求められるなら、存分に幅広いサービスの中から改善効果の出るものを選べばいい。どこまでがガチガチでどこからがそこそこなレベルなのか評価するのは簡単ではないけれど。

時々、”セキュリティ費用さえなければ改善効果でペイできるのに・・・”というパターンを見かけるが、それはつまり改善効果<導入費用なので入れても無駄、というだけの話だと思う。もっと改善効果が出るように社内で工夫するか別の製品を探そう。

制約条件の増加

すでに導入して運用しているものを「やーめた」と言って無くすことは簡単にはできない。かといって、将来的にどんなシステムが入ってくるからAPI対応が必要だとかCSVエクスポートが必要だとかというのもなかなか予想が難しい。

他システムの連携における制約でがんじがらめになった状態から脱出するためにERPを入れてしまえ、というのもあるが金も時間もかかる一大プロジェクトになるだろう。

そして残念ながら、このがんじがらめから脱出する方法は地道な方法しか思いつかない。古いシステムを少しずつ更新していくか、連携できるAPIなりを追加実装するか、DBを直接参照するか、RPAで連携操作(CSVエクスポートインポートなど)を自動化するか。。。

システムが多ければ多いほど新しいシステムの導入がやりにくくなるとは、なんとも皮肉な感じだ・・・

まとめ

私たちは改善の種が少ない環境で情シスをやっている。

だから業務効率化の枠を飛び出して新しい畑を作ろうというDXなる考え方が登場したのだろうと思う。
昨今、業務改革とか抜本的な見直しとかに行きついているのは、ITの改善体験を得にくくなっていることで、たくさんの人の慢性的に解消されない改善意欲が爆発的な何かを求める集合意識になっているのかもしれない。

おまけ

最近、私自身がある業務を物理からITに置き換えた。月20時間~30時間ほどの改善だったが、業務担当者は大層喜んでおられた。

最近、私自身がある業務をIT(Excel)からIT(パッケージソフト)に置き換えた。全社員が使うから月数百時間の改善が見込まれていたが、使いにくい、手間が増えたの声が多かった。

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